コラム記事

陶晴賢最後の地を訪ねる(厳島合戦歴史探索講座)Ⅱ

お昼休憩が終了し、いよいよ青海苔海岸へ向けて下山です。

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青海苔川に沿って、下流へ向けて進みます。倒木、川越え、ぬかるみ、コシダの藪こぎと、またまたインディージヨーンズか!と思うほどの(なわけないが)行程です。全身の神経を研ぎ澄まし、一歩ずつ進みます。橋の名残の石積みや、こんなところに何故石垣?と思うような人工物を見ると、ホッとしましたね。

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流れはだんだん大きくなり、川らしくなっていきました。ようやく青海苔浜へ到着。木の間から海が見えた時の達成感って、なかったです。「やったー!!」と、本当に嬉しかったです。青海苔神社で、しばし休憩し、お迎えの連絡船を待ちました。空は曇り気味で、少し肌寒かったんですが、悪路に汗ばんでいたので、ちょうど良かったです。

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お迎えの船が来ました。白い龍の頭の付いた観光船です。これから、島の南側、七浦を巡って桟橋へ帰ります。(※正確には南側の5つの神社の沖を回ります)昭和30年代には、龍宮丸、乙姫丸という、船首に龍の頭のついた2隻の屋形船が、走っていたそうです。現在は引退して、倉橋島の早瀬大橋付近に、ひっそりと置かれているらしいです。
養父崎浦神社→山白浦神社と過ぎ、南端の革籠崎を周ります。向うに見えるのは可部島です。

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須屋浦は広めの砂浜で、集まって楽しそうに海遊びしていました。10月下旬というのに、暖かいんですね。須屋浦神社→御床浦神社と周り、宮島桟橋へ。カキ筏まで、ほんの数メートル。手を伸ばしたら触れそうです。

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ついに、遠くに宮島桟橋が見えてきました!多々良潟も見えてきました。今日は、あそこから出発したんだ…と、感無量。厳島神社を右手に見ながら、無事、桟橋に着きました。船内では、平清盛にゆかりの高倉院についてのお話がありました。不治の病のため、わずか約20歳の若さで亡くなった高倉院は、崩御される1年ほど前に宮島を訪れ、歓迎を受けたそうです。いつの時代も若者の死は、辛いものです。

今回、なかなか一人では訪ねることのできない宮島を、お話をうかがいながら歩きました。驚きや発見が沢山あり、本当に充実した1日でした。歴史の変遷がギュッと詰まった”宮島”、みなさんも機会があったら、歩いてみませんか?
次回は、見つけたキノコを紹介します。

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