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大聖院でご詠歌

新緑のきれいな宮島大聖院へ行きました。平清盛生誕900年記念事業で大聖院では色々体験できるようです。
6月について記載しましたが HPを見てみると毎月同じような体験ができるらしい

平家納経(33巻)を読む会 6月1日(金)10時~ 大聖院 信徒会館 参加費 1000円
平清盛公が奉納した血曼荼羅に学ぶ会 6月17日(日)10時~ 大聖院 観音堂 参加費1000円
修行体験と写仏(座禅と写し書き) 6月17日(日)13時~17時  観音堂 参加費2000円
弥山修行体験 6月23日(土)~24日(日)集合:15時 翌朝10時 弥山三鬼堂庫裏 参加費3000円
十一面観音菩薩へご詠歌 6月27日(水)10時~11時30分 大聖院 信徒会館 参加費 1000円
写経と護摩体験 6月28日(木) 10時~12時 大聖院 参加費2000円

興味を持ったのは ご詠歌(^^♪ ここでちょっとご紹介してみますね
ご詠歌とは、仏様の教えを和歌にし、旋律に乗せて唱えるもので、宗教的伝統音楽の一つです。
嚴島大明神のご本地仏十一面観音菩薩様へのご詠歌の奉納を目指すそうです。
発表は10月20日(土)10時より 中国観音霊場合同法要(大聖院)の時でしょうか?

観音様(*^-^*)ご詠歌は

よのひとの こころのやみを てらすなり

ひじりのてらの のりのともしび

辻村寿三郎展の福兎

平清盛公生誕九百年を記念し、「平清盛」をテーマにした辻村寿三郎氏の展示を見てきました。
「平家物語」は京都を舞台に繰り広げられた平家の栄枯盛衰の物語です。
平清盛が見た夢とは、最高の権力者となることだったのでしょうかその先には・・・
虚無の世界・・・・・・私には残酷に思えて少し苦手なんですが、係りの方に誘われて見てきました。

辻村寿三郎人形展へ

辻村寿三郎人形展へ


寿三郎さんは “清盛”は日本史上、最も魅力ある人間の一人だ
と思われ「平家物語」の人間模様を人形で表現したそうです。

(‘ω’)辻村寿三郎さんは昭和19年に広島市横川に大陸から引き揚げ 
宮島へ海水浴に訪れ広島県の三次市で終戦をむかえたそうです。
1974年NHK総合テレビ「新八犬伝」の人形美術を担当され有名になられたそうで、(*´ω`*)新八犬伝は家でテレビを見ていました。

 (*^-^*)/五智如来は大日如来の知恵の金剛界五仏です。
大日如来(中心)は、真言宗において、最も重要な仏様。
光明が遍く一切を照らし、宇宙の全てを神格化、超越した絶対的な仏様です。
阿弥陀如来(西方)は、極楽浄土の主。
四十八願かけて厳しい修行し悟りを開いた永遠の命と智恵にあふれた仏様。
阿閦如来(東方)は大乗の仏様で鏡のように映し出す智を表し煩悩に屈しない堅固な決意。
不空成就如来(北方)は、「成所作智」を具現化。何事にも捕らわれず、漏らさず、成し遂げる。
宝生如来(南方)は、「平等性智」を具現化。全ての存在には絶対的な価値がある

福兎です(*^-^*)かわいいのもありますよ。係りの方に教わり買いました。
辻村寿三郎は酉年で、十二干支をまるく円に並べると、卯年が対面にあたります。古来日本では「向かい干支」、と呼び大切にしてきました。
東洋占術では、 自分の干支は自分の為にはよくないそうです。
向かいの干支のひとに助けてもらい、自分も人が困っているときに力を貸してあげるのです。              
新しい下駄を下ろすときに、下駄のうらに寿三郎さんの母は、              
墨でうさぎの絵を描いてくれたそうです(ころんで怪我をしないように)   

冬の弥山本堂と霊火堂

御山神社の御例祭が終わり 弥山本堂へ行ってみました。
弥山本堂の前には 誰が作ったのか?かわいい雪だるまが並んでいました。
本堂にお詣りして霊火堂へ 消えずの火は?煙がいっぱい出ていました。
オカマのお湯はぬるかった。以前オカマのお湯でカップ麺食べようと思ったんですけど
消えずの火・・・いつもグラグラ沸騰しているイメージですが 実際はいつもぬるいお湯?
なくならないように大聖院の担当者がお水を足しているからのようです。
どんなお守りが販売されているのかな~ 霊火堂の灰:家のまわりに撒くといいそうですよ。


三鬼堂へどなたかご祈祷を頼んだようです。大聖院の僧侶がお堂に入られました。
ここも寒い!ちょっと傍から景色を見て 境内の時雨桜を確認 鹿に喰われないよう金網の中の桜は
しっかり芽が出ているようで 春に花が咲いたら写真撮りに来てみようと思いました。

さて、錫杖梅を弥山本堂の境内で見て (‘ω’)花はまだ咲いていない!来た道を戻ることにしました。
雪が氷滑りやすい遊女の石畳ゆっくり確認しながら歩きます。 賽の河原のお地蔵様も寒そうでした。

滝宮神社の御例祭

2月1日は厳島神社の滝宮神社・奥の院;御山神社の御例祭の日ですので
 早朝宮島に行き桟橋を降りて 地元の方のお一日朝市へ行きました。 

朝市

朝市

いつもミカンとか漬物買うんですけど”(-”"-)”
あら~ない!奈良漬とたくあん 一人で10個買った人がいたそうで
私が行った時には野菜も残り少なくて・・・
しょうがない 何も買わずに白糸の滝へ向かいました。

大聖院の登山道を歩いていたら 厳島神社の方がカギを忘れて取りに
戻られていた。ラッキー☆彡 今年はご例祭に間に合った (∩´∀`)∩



御例祭は滝宮神社のあと弥山に移動し御山神社で行われます。滝宮神社の鍵が開くと (*^-^*)お賽銭がいっぱい出てきました。賽銭箱を置くと持って帰る人がいるから賽銭箱置かないそうで みんな隙間からお賽銭を入れるようですね。寒い~滝は 白糸川は 一部凍ってツララが出来ていました。
お地蔵さんの赤いよだれかけが可愛くて 何方か作られたのでしょうね

神主眠る洞雲寺

厳島神社のある宮島は、島自体を「神」と信仰してきました。宮島全土に神が宿っている為に、
宮島の木を切ったり、土を削ったり、宮島を傷つけてはならないと考えていました。
宮島の陸地部分ではなく、海に厳島神社の社殿や鳥居が建てられたと考えられています。
古来から宮島を神聖視するあまり、島に穢れを寄せ付けないようにするため
「死人を葬らない」や「女性は産後100日間は近づいてはならない」と言った風習あったそうです。


五重塔宮島の厳島神社は水の上に建立されている建造物であることから、
風水から得るパワーは計り知れない。
特に広大な海は「健康の気運を上昇させ、金運をもたらす」そうです。

厳島神社(広島県廿日市市)の野坂元良宮司(86)が高齢を理由に退任し、
元良氏の次男で権宮司の元明氏(43)が宮司に就任したのは2014年7月。
宮司の交代は35年ぶりで、厳島神社が平成18年に世界遺産に登録されてからは
初めてのことで、元良氏は7月1日付で名誉宮司に就いたそうです。

(*”▽”)廿日市市の洞雲寺に行ってきました。(JR廿日市駅北口にある)
本堂脇には、金岡禅師が厳島明神の啓示によって良水を得たと伝えられる「金岡水」が湧き出している。
洞雲寺は長享元年(1487)、厳島神主職の藤原教親が、大内氏ゆかりの周防・龍文寺から金岡用兼を招いて開山した神主家の菩提寺です。厳島合戦で名高い敗将陶晴賢の墓をはじめ、境内には厳島神主家であった藤原氏一族と藤原神主が滅んだ後桜尾城に関係した毛利家の桂元澄、毛利元清夫妻の墓などがあるお寺。


隣にはカフェもあり 春花咲くころにまた行ってみよう(^◇^)廿日市の駅もきれいになっていました。

観音様の功徳

新年あけましておめでとうございます。
今年は平清盛生誕900年 おめでたい年ですので 曼荼羅の声明をリンク(^^♪   
真言法響会十周年記念声明公演 曼荼羅の響音 https://www.youtube.com/watch?v=4QshoxerhOI
声明とは、仏教の法会 (ほうえ) 儀式で僧侶が唱える声楽です。
「声明」は、インドのバラモンの学修すべき「五明」の一つで音韻学の意味であったそうです。
曼荼羅とは、密教の経典、主尊を中心に諸仏諸尊の集会する楼閣を模式的に示した図像です。
簡単に説明しましたが・・・・詳しくは ご自分で納得行くまで調べて下さい。


仏教でおまつりする観世音菩薩様は 最も縁の深いみ仏と言われています

観音様の功徳 観音様は限りない悩み苦しみを救済しようと大誓願を立てて下さっている仏様。
お経の中でも観音経(観音様の活躍の有様)と般若心経(観音様の心の奥の悟り)が特に大切であると言われています。弘誓深如海には南無観世音菩薩と一心に唱えれば観音様が救ってくださる。身に即し境遇に応じて化身し教え導き救ってくださる (^◇^)生きる光明を与えて下さる

観音様は現世利益の仏様 災難から救い願いを叶えてくださる
(欲望の成就ではなく 欲望に縛られている状態から救ってくださるそうです)

厳島神社の開かずの扉がある森の中にはお堂があり 観音様がおられました。
観音様は現在 大聖院の観音堂にお祀りされていらっしゃいます。
納経には『大慈殿』・・・大慈悲(慈は与薬 悲は抜苦)と書かれることが多いそうです。

十一面観音菩薩:仏像の見方教えます

大聖院の観音堂には十一面観音様がお祀りされています。お参りされてよく観てきてくださいね
ご真言『オン マカ キャロニキャ ソワカ』頭頂に十一仏のお顔がある仏様、大悲の本誓(*´Д`*)
変化前の観音菩薩は聖観音菩薩、顔は一つ、腕と足は2本ずつの基本スタイルでした。

十一面とは八方(東・西・南・北・東北・東南・北西・南西)と天地を常に見ている。
|д゚)お顔(表情)は?真後ろに位置する大笑面は笑うことで行いの悪い人の悪行を減らすのだそうです。
調べたところ額の部分に阿弥陀如来が装飾されていることが多く・・・大聖院はどうだったかしら? 
阿弥陀如来が身分を隠して観音菩薩とされ来世を救うためなのだそうです。

正面:本体の顔 正面上の3つ:優しい顔で楽を与える  頂上:悟りの表情
左の3つ:厳しい顔で、行いの悪い衆生を仏道に向かわせる
右の3つ:口から牙を出し、行いの良い衆生に仏道を進める
真後ろ:大笑いして、行いの悪い衆生の悪行を減らす


十一面観音菩薩様のご利益は十種勝利四種果報とされています。
病気から守られる・如来に受け入れられる・財産や食事を得られる
怨敵から守られる・国王が王宮で慰労してくれる・害虫や熱病から守られる
刃物に刺されない・水死しない・焼死しない・不慮の事故から守られる

臨終の際に如来とまみえる・地獄、鬼畜、畜生に生まれ変わらない
早死にしない事・極楽浄土に生まれ変わる

ご朱印

ご朱印

大聖院の御本尊

宮島大聖院の本堂は鳥羽天皇の勅願道場です。

波切不動明王は1593年(文録2年)豊臣秀吉公が天下統一後に奉納されました。
秀吉公が朝鮮出兵の際に、軍船宝丸に安置して必勝と、海上安全を祈念した秀吉公の念持仏で、
(*^-^*) 鳥羽天皇勅願の祈祷堂本尊としてお祀りされた大聖院の御本尊です。


“(-”"-)” 『波切』の由来は?
空海が唐より日本に帰国の途についた時、船は大嵐に難破しそうになります。
空海は唐で教えを仰いだ恵果阿闍梨から授かったご霊木を一刀三礼にて
不動明を彫り上げたところ、火焰を放ち手にした利剣で荒波を切り裂き
無事に日本へと導いたから、浪切不動明王と呼ばれることになりました。

弘法大師空海は、不動明王を一生涯念持仏としてお祀りされ、
京都の東寺にある大師が住んでおられた御影堂のご本尊は不動明王です。
ありがたや 生死苦海の 浪風を 切りはらいたまふ 智慧の御剣
http://www.kinki36fudo.org/36.html

全国にある浪切不動尊の総本家は、高野山南院の浪切不動明尊で、
福寿増長、家内安全,五穀豊穣、息災延命など請願をされておられるそうです。


浪切不動明王と名付けられた由来は、空海が唐より日本に帰国の途についた時のお話になります。
|д゚)聞いた話によると・・・いろんな角度から見たら剣が動いて波を切っているように見えるとか。
*ありがとうの反対は? あたりまえ!あなたのその目で確認してみてください。
http://www.miyajima.or.jp/event/event_shiwatari.html11月15日は火渡り式です。

今伊勢神社の例祭

11月1日は今伊勢神社の例祭がある日です。宮島を歩いていると”(-”"-)”笛の音が聞こえ音のする方に行ってみると・・・要害山の上!急な階段を上がり行ってみました。


笛の音に導かれて 今伊勢神社の神事に行くのですが・・・間に合うかな?
階段は狭くて急なんですよ 行く人少ないから?手すりもついていません。

なんとか神事に間に合ったようですね。
関係者の方は玉ぐしを捧げ 御祓いを受けお神酒を頂いておられました。

神の島宮島 小さな神社の神事が住民の手で今も行われているんですね。
今伊勢神社のある辺りは宮島桟橋を下りてトンネルをくぐってすぐの伊勢町という宮島の場所です。
階段の下にはよく鹿がいる (^^♪桜の木が紅葉して 風に吹かれて葉が落ちていました。

地蔵盆の功徳?

地蔵盆の日に、はじめて真光寺の門をくぐりました。白アリ修理は終わったようでした。
山門をくぐると階段がありまして、|д゚)何か書いてあります。自由に参拝OK!
ご朱印はセルフなのでしょうか?本堂へ上がらせていただきました。


スタンプが用意されていて 自分で押すようでした。
(^^♪この日は地蔵盆でしたので 宮島のお地蔵様を参拝してまわりました。
延命地蔵尊様 以前はお茶とお菓子のお接待がありましたけど 鍵が?無人でした。
お地蔵様にはたくさんのお供えがありました。地蔵盆ですからね。

水族館に行く途中!道祖神のようなお地蔵様の所へ行ってみました。
提灯が下げられていて しっかり地蔵盆スタイルでした。

宮島の恩人 誓真地蔵のある港町にも行ってみました。
笹飾り、お供えも置かれていました。今日も夕方にお経があるのかな?


誓真さんは光明院のお坊さんで 托鉢したお金で10か所井戸を作られた方ですから
光明院にも行ってみました。何度か行ったことがあるのですがいつもお留守でご朱印を頂けなくて・・・・
お地蔵様の功徳でしょうか?ご住職様がおられて 本堂にお参りし ご朱印をいただくことができました。
岩惣 お地蔵様

岩惣 お地蔵様


( ◠‿◠ ) 以前 地蔵盆で宮島をまわった時 岩惣さんにもお地蔵様があると教わりましたが行かなかったので 紅葉谷へ行ってみました。
扉に鍵はかかっていませんでしたが お供え物は?今からなんですかね・・・
お地蔵様のろうそくに火をともし お線香をあげさせていただきました。
(‘◇’)ゞ地蔵盆の帰りのフェリーで出会った方は 岩惣の板場で働く方でした。
お地蔵様のご縁なのでしょうか?広島市内でお寿司屋さんをされておられたそうで岩惣さんで3年仕事をされておられるそうです。3日連続勤務の時は空き室に泊まったこともあるそうで、温泉のお湯は最高だったと教わりました。
岩惣さんと言えば皇室や政府関係者がお泊りになるお宿ですから・・・お料理はさぞかし?教わったのは 寿司でもシャリは小さくちょこっとなんだそうです。
貴重なお話を聞けてなんか徳した気分!お地蔵様のご縁☆功徳なのでしょうかね